電気通信大学60年史
前編3章 無線電信講習所の発展
第7節 施設の拡充
マルコーニの大西洋横断通信以来、長距離無線電信の使用波長は長波に限られていた。その技術的背景としては、大電力を使用するため空中線を大きくする点から長波使用が至便、波長を長くするほど、とくに通達距離の伸びない昼間の通達距離が伸びることが実験的に証明されていた、持続電波を出す発電機式の性質上からも長波の送信が最も適している、等の点から採用されてきたのである。
さて、1925年(大正14年)、ドイツ郵政庁から逓信省へ同国のナウエン局とわが国の受信所間で短波発射受信試験を行いたい旨の申入れがあった。逓信省では、当時工事中の岩槻受信所で簡単なレイナルツ回路による短波受信機を製作してこの試験を受け入れた。この結果は実に良好で、逓信省では更に、同受信所で約500Wの短波送信機を製作し、海外との通信を試験したところほとんど全世界にあるアマチュア無線局と連絡がとれるという結果を得たのである。
逓信省では、この効能を見て実用化に足ると判断し、逓信官吏練習所無線実験室でも短波送信機を試作して短波の実験を行い実用化のためのデータ収集に努めた。そして1926年(大正15年)4月、東京、大阪、広島、金沢、札幌、鹿児島の各郵便局に国内連絡用短波電信を設置する計画が立案され、同年内に各局とも通信を開始したのである。
技術は進展する。短波送受信機の実用という事件もその一つの現れであって、とくに船舶無線にとって影響は大きかった。小電力で遠距離通信が可能な機器の発達は、当然、船舶通信士の養成校である無線電信講習所にも影響を与えずにはおかない。技術・技能を旨とする学校に施設の革新は常に宿命的なものなのだから。
わが無線電信講習所に短波送受信機が設置されたのは、1926年(大正15年)10月10日のことである。
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7-1 短波送受信装置の設置
『電信協会会誌」第257号「無線電信講習所便り」に次の記述が見える。
- 短波長の設備
- 近来短波長の研究も進み将に実用時代に入らむとするに方り本所実験用私設無線電信の設備としても当然之が設備は必要となつて最近短波長送受信装置を了し其の使用電波長は従来の分と併せ左の通となつた(大正15年10月21日逓信省告示第2005号参照)
使用電波長38メートル、700メートル、1,600メートル
また、同「電信協会記事」にも次のように記している。
大正15年9月29日本会施設私設無線電信工事設計変更の件許可せらる右は実験教授用(短波長送受信装置)を新設するものなり
同年10月10日短波長送受信装置工事落成せり
1925年(大正14年)に実験的に短波送受信が行われ、翌年には短波送受信用の施設が無線電信講習所に据えられている訳で、これは当時既に本校の地位の高さを示しているといってよいだろう。つまり、船舶無線通信士の養成を独占しており、その国策的な学校の出自とも無縁ではないと思われる。ともあれ日本の無線界における固有技術の進展とほぼ歩をそろえて設備が付け加えられ、通信士を目指す学生にとっては当時最良の環境が用意されていたのである。短波送受信機の設置はそれを証明している。
7-2 木柱から鉄塔アンテナヘ
木造から鉄筋コンクリート造りへ、あるいは鉄骨コンクリート造りへ。日本の家屋において、明治以来この傾向にまだ基本的な変化はない。無論、住居としての建築物は、木造、プレハブ、鉄筋とその形態は多様をきわめているが、他のあらゆる建築物についてはこの傾向は否定し難い。また、電柱をとってみても、木柱から鉄筋コンクリート柱へ、更に、高圧電柱においては、明らかに組鉄骨の壮大な塔しかわれわれは思い浮かべることができない。これは良きにつけ悪しきにつけ近代化の表象といえばいえぬこともないだろう。まず木柱は腐蝕しやすい、可燃性もある、またその高さには自ら制限がある。鉄筋へ、鉄骨への移行はこのような構造的欠陥からも理の当然といわねばならない。
1930年(昭和5年)10月14日、この日、わが無線電信講習所の木柱アンテナは鉄塔アンテナヘと改変されている。『電信協会会誌』第280号には次のような簡単な記述が載っている。
- 昭和5年7月19日
- 空中線を鉄塔に改築するに伴ひ空中線の形状を変更し又新たに真空管送信装置の 増設等工事設計の変更を要するに付其事項を詳具し逓信大臣へ申請せり。
- 昭和5年9月4日
- 木柱の撤去に着手し引続き鉄塔建設工事を進行せしむることとせり。
また、同会誌第281号には、1930年(昭和5年)10月14日に竣工がなった旨の記述がある。 その竣工までの経過の細部については、残念ながら手許に資料を求めることができないのであるが、ただ同会誌第280号に、その仕様とも言うべきものが残っている。
協会施設無線電信の工事設計変更当電信協会施設の私設無線電信の設備中、空中線用電柱は大正10年建設せし木柱を現在迄使用し居たりしが、電柱の腐蝕漸く進み強風に対し危険を感ずる程度となりたるを以て此の程之を鉄塔に改築することとなり、従つて工事設計の変更を出願中の処去る9月8日附を以て此の変更を許可せられたり、其の概要を述ぶれば左の通なり。
- 鉄塔二基
- 鉄塔は高さ30mの自立式四角型にして塔脚の開き3m、頂上は0.5m角のものにして亜鉛鍍金を施したる鋼材を用ひ組立られたるものなり。
- 空中線
- 前基2基の鉄塔間にT型及逆L型の2個の送信用空中線を架設し受信用としては垂直型のものを3個懸架せり尚短波長用としては種々の実験に便ならしめる為低く架設せる水平型のもの1組を採用せり。
- 呼出符号 JICI
- 送信装置
送信装置としては次の3種なり。
- 第1装置
- 瞬滅火花式空中線電力900「ワット」
- 第2装置
- 短波送信機同125「ワット」
- 第3装置
- 真空管式同200「ワット」
- 使用電波長
右の送信装置に対し許可せられたる使用電波長は左記の5種とす。
- 減幅電波
- 1,775「キロサイクル」(169m)
- 410「キロサイクル」(732m)
- 短波長用
- 7,100「キロサイクル」(42.25m)
- 持続電波
- 137「キロサイクル」(2,190m)
- 可聴持続
- 430「キロサイクル」(698m)
引用からも明らかなように、このとき、真空管送受信装置の増設もされている。いよいよ設備も整い無線電信講習所もどうやら充実期を迎えたといってよいであろう。
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