電気通信大学60年史
前編3章 無線電信講習所の発展
第1節:夕映が丘時代始まる
『電信協会会誌』第229号〈1920年(大正9年)12月25日発行〉会告に次のような記述がみえる。
- ◎本会管理無線電信講習所は新築落成に付左に移転す
東京府荏原郡目黒村大字下目黒五番地
実際に、無線電信講習所がこの地に移転した日としてある特定の日を決定付けることは難しいが、同じく『電信協会会誌』第230号〈1921年(大正10年)3月25日発行〉電信協会記事によれば、移転の終了した日として、1920年(大正9年)12月15日とすることができると思われる。
- 大正9年12月4日第2回本科第2学期及第3回短期科の講習を卒りたるに 依り本会管理無線電信講習所下渋谷支校を閉鎖す
- 同年同月15日本会管理無線電信講習所に於て講習中の第3回本科第1学期 及逓信官吏練習所に於て講習中の別科を下目黒の新館に移転す
ともかくも、1920年(大正9年)の年も押し迫ったころ、「夕映が丘」時代の幕が開いたといって間違いない。
ここで、「夕映が丘」とは、目黒のこの地の通り名であり、『江戸名所図会』(角川書店)にそのいわれについての記述があるので引用し、時代のスタートを祝福することにしよう。
目黒駅から行人坂を下った現在の大円寺と雅叙園のある辺りの丘陵には、かつてもみじの樹が茂っていた。ことに秋、紅葉が夕陽に映える景色が何とも美しかったので、この丘を夕映が丘と呼んだ。
社会の出来事 |
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1-1 別科の増設
ヨーロッパ大陸をほとんどその戦地とした第一次世界大戦は、わが国に未曾有の好況をもたらした。特に海運界においては、物資の補給という世界的な要請もあって海運界始まって以来の活況を呈していたのである。ところが、合衆国、ヨーロッパを中心として無線電信をつけた船でなければ港湾に出入りさせないという傾向が著しくなり、外国に航海寄港するわが国の船舶はこの外国の制度への対応を余儀なくされ、船舶に無線設備を設置するものが急激に増加するにいたった。このような背景から、無線従事者の速成が急務とされ、当時、組織的な無線従事者教育施設は少なく、またその設備も貧弱であったため、前章で明らかにしたように海運界から寄付金を募り、電信協会管理無線電信講習所は1918年(大正7年)12月7日をもって開所されたのである。
さて、開所後2年目にあたる1920年(大正9年)、ようやく講習所経営も軌道に乗り、6月24日には、第3回本科生への通信技術練習がはじまり、同26日には第1回本科生の卒業式が挙行されるにいたった。そして、同年9月3日、築地同気倶楽部にて若宮会長以下の商議員が集まり、「逓信省の指示により多数の無線電信従事者を養成する必要があり、現在の本科の外に一科を増設すること、また、それに伴って校舎の増築を計画しなければならないこと」について討議された。これが、別科の増設について電信協会首脳陣が公的に討議した最初である。
別科の増設のそもそもの目的は、既に存在している各無線従事者教育機関の生徒に、より充実した教授陣、設備のもとに教育を行うということであり、これにより、ようやく無線教育機関の統合がなされたということができる。また、別科の講習が始まるまでの過程については、前出「電信協会会誌」第229号の「電信協会記事」に記述がある。
- 大正9年9月14日午前8時より若宮会長、五十嵐、大井、 玉木の各部長事務所に参集せられ無線電信講習所に別科を増設することに関し種々協議せられたり
- 同年10月1日午後5時より若宮会長、五十嵐、大井、玉木の各部長参集、別科増設に関し協議せらる
- 同年同月5日若宮会長、五十嵐、大井、玉木の各部長逓信省に出頭せられ 主管局課長と無線電信講習所別科増設に関し協議せられたり
- 同年同月6日逓信省に安中電機製作所、日本無線電信電話株式会社、 東京無線電信電話機製作所の各代表者、逓信省通信局に於て無線電信講習所別科に 関し協議せられたり
- 同年同月9日午前8時より若宮会長、五十嵐、玉木の各部長事務所に参集せられ 別科増設に関し協議せらる
- 同年同月11日午前10時より別科増設に関し打合せの為、若宮会長、玉木部長逓信省に出頭せられたり
- 同年同月18日別科増設に関し重て打合せの為、若宮会長、玉木部長逓信省に出頭せられたり
- 同年同月19目午後5時逓信官吏練習所別科の始業式を挙行す
- 同年同月20日より別科の講習を開始す
「日本無線史」第6巻によれば、無線電信研究会、日本無線電信技士学校、東京無線電信電話講習会において養成中の学生128名を、この時収容している。
こうして、別科生への講習は開始されたが、校舎としては逓信官吏練習所のものを借用し、いわば間借人であり、もう一つの懸案、校舎の新築は当時、まだ完成を見ていなかった。目黒、夕映が丘に新校舎が落成するのは、1920年(大正9年)12月のことである。
社会の出来事 |
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1-2 目黒校舎の落成
下目黒の新校舎が落成したので、1920年(大正9年)12月15日、第3回本科第1学期生及び逓信官吏練習所において講習中の別科を新館に移転した。この新館は1920年(大正9年)7月起工、12月竣成、総建坪262坪25、建物延坪数451坪25、工費は11万9,800円であった。
海運関係方面からの寄付金により、土地を買収したのは、さかのぼる1919年(大正8年)9月23日のことであったが、それから1年2ヶ月余り、ようやく自前の、学校の体裁を整えた設備が目黒の地に誕生した。
新校舎に装備された設備内容 | |||||
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品名 | 数量 | 品名 | 数量 | 品名 | 数量 |
モールス印字機 | 5 | 電鍵 | 100 | 真空管検波器 | 1 |
音響機 | 2 | 音響機用送信電鍵 | 2 | 音波干渉試験器 | 9 |
ブザー用断続器 | 6 | 50A振動電流計 | 2 | ウインシャフト起電機 | 1 |
誘導電動機(回転磁場用) | 1 | ルムコルフ誘導線輪 | 2 | 無線電信試験用誘導線輪 | 1 |
抵抗器(充電用及びバルブ用) | 5 | モール回転計 | 1 | 同期電動機 | 1 |
50A交流電流計 | 1 | 指示回転計 | 1 | ゼーベル氏倫光装置(硝子一個付) | 1 |
50A熱線電流計 | 2 | 空気加減蓄電器 | 10 | 水銀断続器 | 1 |
熱線電流計 | 1 | 100-600m周波計 | 1 | 磁石検波器(磁石付) | 3 |
50A直流電流計 | 3 | ブリッジメガ(2個1組) | 1 | X検波器(磁石付) | 1 |
150V直流電圧計 | 4 | 放電叉 | 1 | 直流52Aメーンスイッチ | 2 |
ホリゾンタル・ガルバノメーター | 2 | ウエーネルト断続器 | 1 | ブザー | 12 |
ホイートストン・ブリッジ | 2 | 本多氏横波及び縦波説明器 | 1 | 受信テスラコイル | 5 |
配電盤 | 4 | 型詰ジンサイト | 3 | 受信インダクションコイル | 3 |
送信配電盤(1組) | 1 | 電鍵(無線電信用予備接点1組付) | 6 | 電池加減器 | 4 |
送信用蓄電器 | 3 | 送受転換器 | 2 | 型詰ボーナイト | 3 |
高周波変圧器(3kW) | 1 | インピーダンスコイル | 2 | 受話器 | 18 |
空中線 | 1 | 受信機 | 5 | 高周波高圧蓄電器 | 1 |
電動発電機 | 5 | 真空検波器装置 | 1 | パネル送信機 | 1 |
変圧器台 | 2 | 20A用メーンスイッチ | 2 | 比重計 | 1 |
縮波高圧蓄電器 | 1 | 2次電池 | 15 | アンテナ引込管 | 1 |
エキサイティングコイル | 1 | 鉱石検波器(1組) | 5 | テスラインダクタンスコイル | 6 |
扇型スイッチ | 1 | 直流配電盤(1組) | 1 | ギャップ | 1 |
波長計 | 2 | クエンチド火花間隔 | 1 | 空気圧搾器 | 1 |
サーモジャンクション | 5 | 音調試験器 | 1 | 硝子入防禦蓄電器 | 2 |
マイカテレホン | 5 | 自動スターター | 2 | 真空管接続器 | 1 |
交流300V電圧計 | 1 | 小型両極開閉器 | 5 | 両極単投スイッチ | 6 |
直流100A電流計 | 1 | 変圧器 | 4 | 蓄電池 | 1 |
25A電流計 | 1 | アンテナ蓄電器 | 1 | ランプ抵抗器 | 1 |
バルブ及バルブ台 | 14 | ポテンショメーター | 4 | ||
空気コンデンサー | 1 | ラチェットスイッチ | 1 | ||
変圧器用両極切換スイッチ | 1 | 計 | 358 | ||
総価格 32,072円66銭 |
なお電信協会会誌231号〈1921年(大正10年)6月15日発行〉によると、電信協会新建築物其他披露当日の模様は、
披露日前後の天候は実に不良であったにも拘わらず珍しくも日本晴になった披露日即5月29日の午後3時府下下目黒の新築無線電信講習所講堂に於て披露が挙行せられた。
当日は御差支等の為め出席御断りの方少なからざりしも秦逓信次官、栗野子爵、石橋商船学校長を初め朝野の名士及会員無慮190余名の出席あり頗る盛大であった。
客主共に満足して終りを告げたのは午後6時過であった。
当日の次第は、若宮会長の挨拶、秦逓信次官祝詞、余興(三遊亭円朝の講談、岡本英氏の奇術)、会館等の巡覧、別室にて茶菓の通りであった。
尚当日は石綿金太郎氏より立礼式抹茶寄付ありたり。
社会の出来事 |
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