電気通信大学60年史
後編第3章 開学当時の電気通信大学
電気通信研究施設設立趣意書
本学は、電波通信と電波工学に関する学問を教授し研究する大学であって、通信に関する学科を有する点に於いて唯一の特色ある大学であります。従来通信といえば電話、無線、モールス符号による通信に狭く解されていましたが、今日に於いては、ラジオ、テレビ、レーダーはおろか絵画、音楽に至る一切の人間の五感にうったえ、その人間の行動に反映するところのあるものの中に、通信の概念が含まれています。
第二次大戦中アメリカの数学者Wienerは政府の委嘱により高射砲の命中確立に関する統計的研究の結果そこに一つの結論が生れ、これが所謂情報理論と呼ばれるものの発端をなしたものであります。更にこの問題に鋭い分析のメスを入れ素晴らしい研究成果を挙げたのがBell電々会社のShannonであります。
所謂情報理論はこの二人によって体系づけられ、今や世界各国に於いて重要課題として着々と研究が進められて居ります。
この情報理論は通信の本質を究明するものであって、その根本思想は通信や情報の内容を、長さや重さの様に、定量的に数値で表わそうとするものであります。その結果通信に使われる符号のきめ方の上手下手により、情報量を送る能率に影響する事が判ったのであります。又その理論の特徴は現在ややもすれば孤立し勝ちな諸科学相互間の関係が情報理論ひいてはサイバネティックスを仲介として次第に密接な関係をもつ点にあって、形而上、形而下の凡ての科学史上重大な時期に当面しているのであります。
今や、情報理論の簡単な関係式、即ち情報量の中で周波数幅と電力とが交換可能であるという事実は、どんな素晴らしい応用を生むか分からず、この理論の応用によって、近き将来、通信界に一大革命がもたらされるであろう事が予測されるばかりでなく、既に現実の問題となりつつあるのであります。
かように、この理論は全く新しい学問であって、これの出現により本学の従来の教育内容及び教育方針に根本的な変革が要求されるにたち至ったのであります。もはや情報理論を採り入れる事なしには、電気通信に関する学問の進歩も発展も期待する事は、不可能であり、又世界の通信界の進運に遅れをとり、悔を千載に残す憂なしとしないのであります。既に本学に於いては情報理論に関する研究を進め、又学生に対する講義に、ゼミナールに採り入れ、今や本研究は全学の与論にまで盛り上るに至って居ります。
しかしながら、この理論が全く新しい学問であって、理論自体の研究は固より、その応用の研究も、将来の発展を期待し得る所の広大な領域を占めているため、これに関する研究施設を別個に設ける事が、是非とも必要となって来るのであります。
情報理論が、通信の本質を究明する学問であって、しかも電気通信大学が、電気通信に関する学問を教授し、研究する大学であり、且又本学が、今後とも存置されるものとすれば、本学こそこれに関する研究施設を設ける事は極めて適切であり、有意義であると確信致す次第であります。
上述の事情とくとご賢察下さいまして、来年度に於いて、是非とも情報理論に関する通信科学研究の施設を設置されますよう、ご高配頂きたく、切にお願い申し上げます。